泥水りんごジュース

なんでちゃんと飲んでくれないの

縫製

なんで付き合ったんだろうとは思わないけど、よく付き合えたなと思い返すことはある。

将来の夢を家族に否定され続けた結果、手堅く公務員か教師を目指すと腹を括った私とは対称的に、21歳にもなって「俺は声優になるんだ」と豪語する姿はとても自由で眩しく見えた。

が、悲しいかな。その眩しく見えた光は、フィラメントが焼き切れる寸前の豆電球だったのだ。

 

人生で初めての彼氏だった。大学四年で単位不足、卒業見込みナシ、教授が親に連絡する始末。声優になるからと就活はゼロ、「青森県は国内最低賃金だからやる気が出ねえ」とバイト歴もゼロ、しかし彼には声優養成所に通うための金も、青森から引っ越す金も、明日食うものを買う金もない。そして青森は国内最低賃金じゃない。

大学卒業が近づくほどに荒れ、電話口で「やべえのは俺が一番分かってんだよ」と泣き、それでもひたむきに怠け続け、明日の生活費を二次元美少女アイドル育成アプリに課金し爆死する。お前がいま揃えなきゃいけないのはのSSR塩見周子じゃない

f:id:AsteroidB216:20200217084853j:imageSSR塩見周子。かわいいね)

うわ言のように「ライバルは山寺宏一」「俺が女だったら沢城みゆきを潰せてた」と話しながら森久保祥太郎杉田智和の声真似をし、声優に必要なのは声真似力ではなくアイデンティティでは?と遠回しに問う私へ「俺、声がいいから」と返す。

チンチンがでかいからデニムが履けないとかいって、クソだっさいダボダボでシワシワの、何色? 絵の具バケツ? みたいなズボンをいつも履いていた。チンチンはでかかったのかな。覚えてない。周りがチンチンでかいって言ってくれるらしいけど、背が低いから相対的にチンチンでかく見えるだけじゃね? と思うし、彼もそう言っていた。(認めることは全てにおける第一歩だ。)

そんなデカチン膣内射精障害の男に、私は4万ほど金を貸した。貸した日の夜に元彼は牛丼を食べて、数日後にはラップバトルのDVDを買っていた。

 

別れを告げた日、「別れるのは受け入れるが関係は断ち切りたくない。バイトに受かってみせるから、そしたらもう一度チャンスをくれ」とまるで一世一代の決意かのように頼み込む彼への愛情(または、同情)は既にすっからかんだった。次の日、3社ほどバイトに応募したそうだ。グッド・ボーイ

彼は履歴書作成を非常に面倒臭がり、自身の不器用さを言い訳に誤字脱字を繰り返し、「一発描きじゃなく下書きすればいいじゃん」という私のアドバイスを「面倒臭い」と一蹴した。いちいち遠回りを選ぶやつだ。ドラゴンボールでも『男は意味の無い遠回りが好きなんだ』みたいな台詞があったけど、あれを言ってたのはたしか人造人間だったな。めちゃくちゃな皮肉じゃん。鳥山明は神。お前はカス。

数日後、彼は書き終えたことを褒めてくれと言わんばかりの文章とともに、十字折りになった履歴書の画像をツイートした。「普通は三つ折りだよ」とフォロワーから指摘された彼はそこから数ヶ月、履歴書を書かなかった。

結局のところ彼がバイトをし始めるのは私たちが完全に縁を切る日の直前になる。彼が書いた履歴書はガタガタの文字で埋められていて、真っ白な右半分にぽつりと書かれた六文字だけが記憶に残っている。

 

職歴

なし

以上

 

「別れにけじめをつけるから最後に会ってくれ」と言って関東に帰省した彼は体調不良の私を無理やり連れ回し、私にドトールで金を出させて飯を食い、彼が「歳上が奢るなんて誰が決めたの? 俺よりお前の方が金持ってるんだからお前が奢れよ」と言い放ち、私が「私がお金持ってるのはバイトと節制を両立してるから。」と返せば、その場の空気は最悪になった。なんでだよ。正論やんけ。

私がもう帰ると言ったら、「オメ〜の好みの男になるから服選んでくれっつってんのに!!!!!!!」とデカめの声量で怒鳴られた。

とても良い声だった。

でも私はその太い声から放たれる腐った言葉の数々が嫌だった。静かな水族館で弁えられない声量が嫌だった。ああほら、そうやって騒ぐからみんなこっち見てるし、やめてくれ、お前が巡る服屋を探したのも私だからお前なんにもしてないし、私好みの服はここ渋谷にはないし、目的を先に言ってくれよ。なんなんだよ。来なくてよかったじゃん。

工事中のハチ公前改札。最後の最後に引き留められ、謝りでもするのかと思ったらキスをしようとしてきたので「それで私の機嫌が治ると思ってんのがマジでありえない」と言った。私の大きな声が工事中の渋谷駅内によく響き、今すぐにでも消えたくなった。

それが彼との最後だった。

 

そうして、別れたあと、全ては私のせいにされていた。

 

LINEが途絶えたあと、彼のTwitterアカウントが消えたあと、周りに彼のことを話す時、これを書いている時、「なんだったんだ?」と思う。

なんだったんだ?

いつでも縁を切れる息子みたいな感じだった。

なんだったんだ、マジで